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鹿児島県の市民所得は全国平均と比較すると、決して高い方であるとはいえません。鹿児島県に属する 出水市の所得もそれにもれず、平成11年度分1人当たり市民所得は2,082,532円(統計いずみ 平成14年版による)でした。
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都市部と比べると高齢者が多いことを考えても高い水準の所得とはいえず、そのためか、都会では当たり前の週休二日制もこちらではまだまだ実践している企業は少なく、土曜日も出勤の企業がほとんどです。
また、収入を補う為に共働きをする家庭も少なくないのが実情です。
しかし、田舎での生活は自然環境に恵まれている中で、少ない休日も日帰りで遊びに行ける海や山など事欠きませんし、温泉もあちらこちらにあるので仕事で疲れた体を温泉でゆっくり癒すことも出来ます。所得だけでは計り知れない生活の質がそこにはあります。
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☆主婦の買物レポート☆
私たちの暮らしの中で、生活に必要なものは色々なお店から買ってくることが多いのですが、
出水市にもいくつかのスーパーマーケットがあります。どのスーパーでも独自の特色があり、
無農薬野菜や無添加の食料品を販売するところや、衣料品を充実させているところ、
食料品だけではなくペットを販売したり日用品の充実を図っているところ、
それぞれ特色があります。
最近ではどこのスーパーマーケットでも1週間に1日特売日を設けて、(もちろんライバル店と同じ曜日にするところはありませんが)より多くの買い物客を集めようとしているようです。
商店街は、大型のスーパーが出来た影響でしょうか、なかなか買い物客が集まらないようで、
閉店を余儀なくされる店舗も少なくないようです。
しかし、商店街のお店は買い物客と顔なじみになることにより、固定客を大切にしてくれるという
良さがあります。 |
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出水兵児(いずみへこ)
日本男児、九州男児、薩摩隼人、誰もが一度は耳にしたことがある呼び名ですが、出水兵児(いずみへこ)をご存知でしょうか。出水地方で男児に対して男らしい気構えを説くときなどに、現在でも聞かれる言葉です。
寛永6年(1629年)出水郷に第三代地頭としてやってきた山田昌巖は、立派な武人として多くの
士民に慕われていたそうです。
その昌巖が作った教えが「出水兵児修養の掟」で、この「掟」は、郷中教育として青少年に対する厳しい訓練・訓育に向けられていました。昌巖は「掟」を青少年に朝夕朗読させ実践させたと言うことです。
「掟」では、武士としての道義や覚悟を教える中で特に重要なこととして、出水兵児は武勇に長けるだけではなく学問・教養、さらに相手に対して情をもってあたるべきと教えています。
出水の女性
薩摩隼人に対して「薩摩おごじょ」という言葉もありますが、出水の女性もかつては薩摩おごじょと呼ばれた
のでしょうか。 現在の出水では、この呼び名を聞くこともないようですが・・・。
女性の社会進出が当たり前の今日、古い男尊女卑の思想のなごりが今でも残る
といわれる鹿児島県ですが、出水でもそのイメージを抱かせる場面を少しは見ることがあります。
(ただし、女性が粗末に扱われているとは思いませんが)
例えば、食卓で真中の席で焼酎を飲みながらどっしりと腰を据えて動かない父親(男性)の周りで、
せっせと働くお母さん。 お風呂は当然、お父さんから・・・。
とにかく男は、家事を一切しない、動かないという家庭です。
出水で生きる人々
ただ、そんな家庭も年を重ねるほどに少なくなっていくのは世の流れでしょうか、
出水でも女性、男性ともに、少しずつ変わっています。変わると言っても個人が変化するのではなく、そこで生きる人々が時代の流れとともに変わるからに他なりません。
年間の降水量と気温(平成13年度の記録から)
日本の中で南国鹿児島県にある出水の気候は、やはり南国らしい特色をもちあわせています。
春は早く訪れ、夏は強い陽射しが長く照りつけます。冬場でも積雪などはまれで、平地では一冬に1,2度あるかどうかといった
ところでしょうか。
昭和30年の人口は45,000人以上でした。 ところが、出生率の低下や出水を離れて働く人が
増えたせいか徐々に人口が減り、昭和50年には35,000人強まで減少してしまいました。
しかし、昭和55年から徐々に増え始め今では40,000人前後を維持しています。
平成12年度の年齢別男女別人口(国勢調査より)
昭和60年からの国勢調査によると男女別で比べると女性の人口が男性より多い年が続いています。
年代別に見ても、ほとんどの年代で男性より女性のほうが多くなっていますが、高齢になるほど
その差は大きくなっています。男性より女性のほうが長生きと世間では言われていますが、出水でも
それは実証されているようです。
そういえば、Uターンして出水に戻った方が、遠方から奥さんを連れてくるのは珍しくなくなりました。全国の地域でも同様な傾向でしょう。
出水で生きる人々が新しい出水をつくっていきます。
統計
それでも鹿児島県では北部に位置する出水市の冬は鹿児島市や宮崎市などと比べると若干、
厳しく冷え込む日(南国の人にとって「寒〜い」と感じる日)が多いような気がします。
降水量については、他の日本の多くの地域と同様に、6月の梅雨から初秋にかけて、年間の半分以上の降水を記録します。
特に、ここ何年かの南九州地方では夏場に集中的に雨の降る日がつづいて、
いくつかの災害を引き起こしているのをご存知の方も多いでしょう。 出水でも針原地区の土石流による災害は記憶に新しいところです。
昭和30年から平成13年までの人口と世帯数の移り変わり
近頃出水でも新築のマンションやアパートが増えてきました。世帯数は昭和30年からずっと増加する傾向
にあるにもかかわらず人口が増加していないのは、核家族化が進んでいる日本の傾向そのものです。
※平成12年度までは国勢調査、13年度は推計人口です。
年齢別で見ると、20代の男女とも他の年代に比べ人口がぐっと減っているのがわかります。
昭和60年からの国勢調査を見ても、どの年も20才代の男女の人口は他の年代よりも
少なくなっています。やはり、就職や進学のため出水を離れる男女が多いということでしょうか。
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参考資料 統計いずみ(平成14年版)− 平成12年度国勢調査 |